特殊パワハラ? セクハラ? 名古屋発ハラスメント

キャリア的視点480

こんにちは(^^) キャリアコンサルタントのひだです。今日のテーマは「ハラスメント」です。

皆さんも注目して観ていたと思います。愛知県名古屋市の河村市長が、名古屋市出身のソフトボール選手で東京オリンピック金メダリスト「後藤希友投手(20)」の表敬訪問を受けた際にしでかしたことを。
私個人的にもあれはいただけません。当の後藤選手もあの場では笑っていましたが、オフになった際にどんな心境だったのか? と世間は盛り立てようとしているように感じます。
あの事件(?)をハラスメントをテーマに考えていきましょう。

さぁそれでは、日常に潜むキャリアの種を感じていきましょう。読了時間は4~6分です。

河村たかし市長が首に掛けられた『後藤選手の金メダル』を勝手にかじる!?

あれはいただけませんね。
私的には感染対策という問題よりも、他人のモノを勝手にかじる等という行為が信じられませんでした。首にかけてもらったという事自体が格別のサービスです。それに甘え、深く思慮することすらなく…

映像を見る限り、河村市長自身には全く悪気はないと思います。ちょっとした茶目っ気で、それこそ報道陣に向けたサービス程度のつもりだったのかもしれません。まさかこんなに取りだたされるとは!? といった心境でしょう。
後の謝罪会見でも納得していない様子が観て取れます。「周りが騒ぐからとりあえず謝っとけ」的な印象です。

とは言え肝心なのは、「金メダルをかじられた」当人である後藤選手の心境です。動画の中では河村市長がかんだ瞬間に、意外にも笑い声を発しているんです。あんな瞬間的な出来事で「とっさに出た」にかもしれません。ただ表敬訪問をする上で、事前の後藤選手の河村市長に対する心象がどうだったのか?

河村市長はあれでなかなか「気さくさ」を売りにしています。その点に関しては賛成派・反対派で意見の分かれるところですが、名古屋市民ではない私が観る範囲では、意外に市民との距離が近い様に感じています。後藤選手が河村市長似合うのを楽しみにしていたのであれば、あの笑い声は自然な物だったのかもしれないな、とも思えますが、全ては後藤選手の心次第です。

河村市長が言うところの「最大限の愛情表現」はピンときませんが、跡がついていないとかの次元の話ではありません。少なくとも「他人の物を勝手に何かする」行為は泥棒に近いと私は思っています…

だいたいこういった記者会見などは時間的都合やマスコミの何らかの意思が働いて当人に都合の悪い編集がされる事も有り得るのですが、脚色少なめな印象の記事はこちらです。

ハラスメント

この件に対してニュースサイトなどを観ていると「特殊パワハラ」「セクハラ」言葉が躍っています。私はこの件に関してハラスメントかどうかを判断する基準は、先にも書いた後藤選手の心境が肝心だと思っています。
ハラスメントとは嫌がらせと訳されますが、要は二者間の関係性の在り様に影響されます。

「おはよう」と肩を叩かれた。

たったこれだけの事が、2者の関係性によって180度変化します。以下の例示をご自身に当てはめて想像してください。
①お互いが尊敬し、信頼し合っている。
②AさんはBさんを何とも考えていないが、BさんはAさんを嫌っている。
③お互いが距離を取る関係性

①の場合はパワハラとしてはカウントされませんね。むしろこのパターンこそ愛情表現と言っても良いでしょう。
③はそもそも挨拶自体をしないでしょうし、したとしても肩を叩くことはあり得ない様に思います。それでもやるのであれば何らかの意図が垣間見えてきます。Aが上司ならパワハラ、同僚や部課ならモラハラ、異性ならセクハラと呼ばれるようになります。

しかし最もハラスメントになり易いのは②です。しかも一番厄介なパターンです。
AさんはBさんに対して何も考えていないから気楽に挨拶して肩を叩くのですが、Bさんはそれをされた際に「触られた!?」と思い、ハラスメントだと感じるのです。
今回の件では①②③のいずれでもありません。そもそも個人間としての関係性が皆無なのですから。だからこそ河村市長は「現代社会の世間一般的な良識」からはみ出してしまった事が一番の問題だったのでないでしょうか。河村市長の考える「常識」はこの際関係ありません。

しかしハラスメントは本来、当人同士の問題ですが、周囲の声で気付くケースもあります。まさに今回の件はそのパターンの様な気がします。

Q.問題だと感じたのはいつ頃ですか?
「事務所の人間が、いろんな抗議が来てるよと。そうだったんだと。夕方だったでしょうね。ちょっと状況がよう分からんかったでね。状況が」

YAHOO! JAPANニュース

後藤選手の心境は先にも書いた様に私には知り得ません。しかし河村市長に関しては、当人も言っているように当人にその意識がない、そして周囲の声で気付く形、ですね。

私達は常に自分自身の常識・良識によって判断しています。普段当たり前にいる職場でも同様の事は充分起こり得てしまうのですが、世間一般の常識・良識にも注意を払う必要があるご時世になったのだと、改めて実感する話です。

個人の活性化を組織の活性化に繋げます。

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