神様が与えたもうた才能 #キャリア的視点 680

こんにちは(^^) キャリアコンサルタントのひだです。今日のテーマは「ギフテッド」です。

ギフテッドとは、一分野、または複数の分野において際立った才能を持つ人たちのことをいいます。それは勉強に限らす、スポーツやアート、工芸やITなど多岐にわたります。
アメリカなどでは『飛び級』という形でその才能を活かす施策がとられているのですが、日本ではどうなのでしょうか?

さぁそれでは、日常に潜むキャリアの種を感じていきましょう。読了時間は4~6分です。

ギフテッド

私の周りにはギフテッドと呼ばれる方はいませんが、比較的一定数の方が日本にもいると聞きます。

一般的な人々と比較して先天的に顕著に高い知性や精神性、共感的理解、洞察力、独創性、優れた記憶力を持つ人々を指す。 これらの定義は世間的な成功を収める、収めないに関わらない。目立つことを避けようと故意ないし無意識的に怠け者や優秀でない者、天然な性格を演じることで社会に溶け込もうとする傾向が報告されている。

ギフテッド(Wikipedia)

年齢は様々です。ただ学校教育が始まってから大人になるまでが大変だと耳にすることが多いです。

日本の学校教育では長い間基本的に平均値を良しとする教育がなされてきました。平均値から大きく離れることのない成績を良しとするものです。つまりは上にも下にも大きくはみ出ていると、教師や管理者が管理できないからです。

障害者、特に精神障害者や発達障害者はクラスの中で、授業の足を引っ張りかねない存在として疎まれてきた時代がありました。今でもそうした感覚の人は一定数いらっしゃると思います。

それに対してギフテッドと言われる方は能力が高すぎることによって平均値からはみ出てしまいます。その能力の測定はIQ(知能指数:Intelligence Quotient)が一番よく聞くこ都が多いとは聞きますが、実際にはそれだけでは測れない方も多いと思います。

例えば一部のギフテッドの子は、知能レベルが高い事によって学校の授業がツマラナイのだそうです。実際の年齢では小学校1年生だけど、本人のIQでは既に中学校1年生レベルなのだとしたら、どうなると思いますか? 本人はどう感じるのでしょうか?

アメリカでは飛び級などで、本人の知能発達レベルに合わせた学びが出来るように施策で対応されています。9歳以下で大学卒業、なんてニュースも聞いたことはありませんか?
その施策が日本にはないんです。

私からすると、人は全員何らかの場面においてはギフテッドなのだと思います。ただその何かが見つかっていないだけ。

紙一重

ただある意味では、多少強引な解釈も含めて、障害者の方々と紙一重なところがあると思うのです。

それは共に平均点からはみ出てしまうことで集団生活が辛い、という事。

私の息子も障害を持っています。重度な発達障害を伴っています。
まだ4歳なので保育園での集団生活にはそこまで支障はありませんが、これから小学校・中学校と進むに従ってより顕著になるることが予測されています。

障害のある側は、その子の症例や程度にも大きく影響されるのですが、多くは意思疎通「(コミュニケーション)が取れないなどをはじめとして授業に参加できなくなっていきます。
反対にギフテッドの子たちは、授業が退屈になって「家で自分で勉強した方がマシ」という感覚になり、学校に通えなくなるようです。
ベクトルは正反対ながらも同じような結果になってしまうのは皮肉な話です。

この解決は先述の飛び級のような【合理的配慮】がヒントになると思います。
誰も取りこぼさない学びの場として、一人ひとりの学習の進行や興味をふまえた施策が必要になるのだと考えます。

平成29年から変わった新しい学習指導要領では、少しかもしれませんがこうした配慮がされていると聞きます。これからギフテッドの子たちも学びやすい環境になることを期待しています。

個人の活性化を組織の活性化に繋げます。

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