[当事者意識]第2回:「なぜ人は他人事になるのか」 ― 無責任に繋がる行動は、どこから生まれるのか 【 崩壊構造 】

序章:当事者意識は“自然に消えていく”

前回の第1回 「当事者意識とは何か」 ― 『対岸の火事』にしている限り、責任感は生まれないでは、
『主体性は結果として現れるものであり、その前提には当事者意識と責任感がある』
という話をしました。

そして、
『主体性の問題ではなく、“心理的に対岸に置いている構造”の問題ではないか』
というところまで整理しました。

しかし、ここで新たな疑問が生まれます。
何故人は、本来『関係があるはずのこと』まで“対岸”に置いてしまうのでしょうか。

仕事もそうです。
自分の業務であることは分かっている。
重要な仕事であることも理解している。

それでも、
「言われたことだけやる」
「余計なことには関わらない」
「判断は上に任せる」
そんな状態が起きていきます。

これは単純に、「やる気がない」のでしょうか。
あるいは、「無責任な人」が増えたのでしょうか。

今回は、人が他人事になっていく構造を掘り下げていきます。 

目次

  1. 序章:当事者意識は“自然に消えていく”
  2. 第1章:人は“すべて”に当事者意識を持てない
  3. 第2章:「重要なのに他人事」が起きる理由
  4. 第3章:他人事は、無責任へと繋がっていく
  5. 第4章:なぜ「責任を持て」は機能しないのか
  6. 第5章:当事者意識は「関わり方」で変わる

第1章:人は“すべて”に当事者意識を持てない

まず前提として、人はすべてに当事者意識を持てるわけではありません。

世の中には情報が溢れています。
遠い国のニュース。
他部署の問題。
数年後の経営課題。
会ったこともない誰かのトラブル。

それら全てを自分事として抱え込むことは不可能です。
日本では、自分たちの生活に直結する政治に対してすら当事者意識を持っていない人が多すぎます。

どんな人でも、どんな場面でも、人は無意識のうちに、
「自分に関係があるか」
「関わる必要があるか」
を選別しています。

つまり、他人事になること自体は、決して異常ではありません。

問題は、政治が生活に直結していると知りながら放置する様に、
『本来、自分に関係があるものまで、気付かない内に切り離してしまうこと』にあります。

本当は影響がある。
本当は自分にも関係している。
それでも、人はそこから距離を取り始めます。

では、なぜそんなことが起きるのでしょうか。

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第2章:「重要なのに他人事」が起きる理由

職場では、よく不思議な現象が起きます。
「重要な仕事」であるほど、逆に他人事になっていくことがあるのです。

例えば、
・細かく指示され続ける
・自分の考えを反映できない
・判断する余地がない
・失敗だけを指摘される
・成果へのフィードバックがない

こうした状態が続くと、人は次第に「これは自分の仕事ではない」と感じ始めます。

ここで重要なのは、『人は「重要だから関わる」のではない』という点です。
むしろ、『自分が関われると感じた時に、初めて関わろうとする』のです。

つまり、「重要かどうか」よりも、「自分が影響を加えられるかどうか」の方が、当事者意識には大きく影響します。

逆に言えば、
「どうせ決められない」
「何を言っても変わらない」
という感覚が強くなるほど、人は自然に距離を取ります。そしてその距離が、“他人事”を生み出していきます。

政治など、まさにその典型ではないでしょうか。
どんなに考えて投票しても、
自分の期待通りに政治が変わる期待すら持てないのが、現代日本の現状です。

正直、他人ごとになってしまうのも、理解はできますが、それでは私たちの未来も他人事なのでしょうか?

 会社運営も同様です。

第3章:他人事は、無責任へと繋がっていく

第1回で、
当事者意識
→ 責任感
→ 主体性
という流れを整理しました。

今回は、その逆方向を見ていきます。

他人事になると、人はまず関心を失います。
関心が薄れると、自分で判断しなくなります。

すると、
「上が決めることだから」
「言われた通りにやっただけだから」
と、判断そのものを他人に委ね始めます。

そして最終的には、結果に対しても関与しなくなります。

何より、それは「楽」だから。

つまり、

関心が薄れる
→ 判断を委ねる
→ 行動しなくなる
→ 結果に責任を感じなくなる
という流れが生まれるのです。

ここで重要なのは、『無責任は原因ではなく、結果である』ということです。

最初から無責任だったわけではありません。
他人事として扱い続けた結果、責任感が切り離されていくのです。 

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第4章:なぜ「責任を持て」は機能しないのか

ここで、多くの組織が陥る問題があります。

それが、
「もっと責任感を持て」
「主体的に動け」
という要求です。

しかし実際には、こう言われるほど人は防御的になっていまうのです。

余計な判断を避ける。
失敗しない範囲だけ動く。
指示待ちになる。

なぜなら、『当事者意識がない状態で、責任だけを求められている』からです。

人は、
「関わる意味」
「結果との繋がり」
が見えない行動には、本気では関与できません。

これは意欲の問題ではなく、人の自然な反応です。

だからこそ、責任感とは “ 命令して生まれるもの ” ではありません。
関わる実感の中から、自然に生まれてくるものなのです。

第5章:当事者意識は「関わり方」で変わる

ここまで見てきた通り、他人事は性格ではありません。
無責任も、最初から存在していたわけではありません。

人は、
「関われない」
「影響を与えられない」
「意味が見えない」
そう感じた時に、少しずつ距離を取り始めます。

つまり、『当事者意識は、個人の資質だけで決まるものではない』ということです。

関わり方によって、人は当事者にもなる。他人事にもなる。

では逆に、人が
「これは自分の仕事だ」
「自分が関わっている」
と感じる状態は、どうすれば生まれるのでしょうか。

そしてなぜ、同じ仕事をしていても、当事者意識を持てる人と持てない人が生まれるのでしょうか。

次回は、『当事者意識はどこから生まれるのか』を掘り下げていきます。
その鍵になるのは、「関与実感」と「意思決定」です。

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