[当事者意識]第1回: 「当事者意識とは何か」 ― 『対岸の火事』にしている限り、責任感は生まれない 【 定義 】

序章:主体性がない、という違和感
「最近の社員は主体性がない」
現場でよく聞かれる言葉です。
だからこそ、多くの組織で「主体性を持ちなさい」と繰り返し伝えられています。
しかし、現実はどうでしょうか。
言われたことはやる。
けれど、それ以上はやらない。
判断はなるべく避ける。
問題が起きても、まずは様子を見る。
こうした状態は、どの組織にも少なからず見られます。
そして多くの場合、それは改善されないまま続いていきます。
ここで一度、立ち止まって考えてみる必要があります。
『これは本当に「主体性の問題」なのでしょうか。』
目次
- 序章:主体性がない、という違和感
- 第1章:問題は「行動」ではなく「関係性」
- 第2章:当事者意識の正体
- 第3章:なぜ責任感は生まれないのか
- 第4章:「対岸の火事」が示す人の本質
- 第5章:主体性は「結果」として現れる
第1章:問題は「行動」ではなく「関係性」
主体性という言葉は、しばしば「行動」の文脈で語られます。
しかし、本来の主体性は行動の話だけではありません。
主体性とは、
『目的・目標設定』 × 『思考』 × 『行動』
この3つが一体となった状態です。
単に「動くこと」ではなく、
・自分なりに目的を捉え
・自分で考え
・その上で行動する
というプロセス全体を指します。
この3つは、どれか一つでも欠けたり機能していなければ、全体として成立しません。
また、ここでいう「掛け算」とは数学的な符号の話ではなく、全体としての質が要素の組み合わせで決まるという意味です。
つまり、たとえ「目的・目標設定」「思考」「行動」の三つのうち二つがマイナスに働いていたとしても、それによって全体がプラスに転じることはありません。
一つでもマイナスがあれば全体に影響し、複数あれば、その分だけ全体はさらに下がります。
つまり、主体性は「一部が良ければ成立するもの」ではなく、要素のどこにマイナスがあるかによって全体の質が決まる構造なのです。
そして現場で起きている問題の多くは、「行動していないこと」ではありません。
むしろ、『そもそも関わっていない』という状態です。
問題の本質は、行動の前段階にあります。

第2章:当事者意識の正体
では、その「関わっていない状態」を分けるものは何か。
それが当事者意識です。
結論から言えば、
『当事者意識とは「自分に関係があると認識している状態」』
です。
非常にシンプルですが、この一行で本質を捉えています。
ここで重要なのは、「実際に関係があるかどうか」ではなく、『本人がどう認識しているか』です。
たとえ実際には影響があることであっても、本人が「自分には関係ない」と感じていれば、その瞬間に当事者ではなくなります。
この構造は、職場に限った話ではありません。
本来、政治は私たちの生活に直結しています。
税金、社会保障、働き方——どれも日常そのものです。
にもかかわらず、
『難しいことは専門家(政治家)がやるものだ』
と捉え、自分で関わることをやめてしまう。
会社の方針に従って投票先を決める。
あるいは、そもそも投票に行かない。
こうした行動は、関係がないのではなく、『関係があるにもかかわらず、自分には関係ないと捉えている状態』です。
つまり、『当事者意識とは「事実」ではなく「認識」によって決まる』ということです。
そしてもう一つ、重要なポイントがあります。
人は、自分に関係があると感じたものにしか、責任を持とうとはしません。
つまり、『当事者意識があるからこそ、責任感が生まれる』という順番になっています。
責任感を先に求めても機能しない理由はここにあります。
前提となる当事者意識がなければ、責任は成立しないのです。
第3章:なぜ責任感は生まれないのか
ここまでで、「関係があると認識すること」の重要性は見えてきました。
しかし現実には、関係があると分かっていても、当事者意識を持てない場面が数多く存在します。
ここに、この問題の難しさがあります。
人は、
『自分に関係があると認識しただけでは、必ずしも関わろうとはしない』
のです。
例えば、
・自分が関わっても変わらないと感じている
・判断の余地がなく、決められたことをやるだけだと感じている
・関わっても評価もフィードバックもない
・そもそも関わる意味が見えない
こうした状態では、たとえ関係があると分かっていても、人は徐々に距離を取り始めます。
そして、
関心が薄れる
→ 判断を委ねる
→ 関わらなくなる
→ 結果に対して責任を感じなくなる
という流れが生まれます。
まさに第2章で紹介した「政治」の話がこれに該当していることに気付くと思います。
つまり、『当事者意識は「認識」だけでは成立せず、関わる意味や手応えがあって初めて維持される』ということです。
第4章:「対岸の火事」が示す人の本質
ここまでの流れを端的に表しているのが、「対岸の火事」という言葉です。
このことわざの本質は、火事そのものではなく『距離』にあります。
影響がないと感じれば、人は関心を持たない。
関心がなければ、関わらない。
関わらなければ、責任も生まれない。
そして重要なのは、この「距離」は物理的なものではなく、あくまで認識によって生まれているという点です。
本来は近いはずのものでも、人は簡単に遠ざけることができます。
つまり、『人は現実の距離ではなく、認識の距離によって当事者になるかどうかが決まる』ということです。

第5章:主体性は「結果」として現れる
ここまでを踏まえると、主体性の見え方は変わります。
主体性は原因ではなく、『結果として現れるもの』です。
流れはこうです。
自分事として捉える
→ 責任感が生まれる
→ 目的を自分なりに捉える
→ 自ら考える
→ 行動が生まれる
つまり、『主体性(目的・思考・行動)は、当事者意識と責任感の上に成り立っている』のです。
この順番を逆にして、「まず主体的に動け」と求めても機能しません。
人は対象との「認識の距離」によって関わり方を変えます。
距離が遠ければ他人事になり、近づけば自分事になります。
言い換えれば、『どれだけ近くに感じているかで、当事者意識は決まる』ということです。
ここまで見てきた通り、従業員に主体性がないのではありません。
主体性が発揮される前提が整っていないだけです。
問題は人ではなく、構造にあります。
『主体性の問題ではなく、「認識の対岸に置いているかどうか」の問題』なのです。
ではなぜ、人は本来関係があるはずのことまで『対岸に置いてしまう』のでしょうか。
そしてなぜ、「当事者意識を持て」と言われても変わらないのでしょうか。
その構造を、次回で明らかにしていきます。


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