[エンゲージメント]第5回 主体性とは能力ではない──「自走する組織」の最後の条件【結論】
ここまで全4回にわたり、日本企業のエンゲージメント低迷と、その背景にある組織の構造的課題についてお話ししてきました。
- 第1回では、日本企業のエンゲージメント率がわずか6%という現実を確認しました。
- 第2回では、報酬や管理による外発的な動機付けが、かえって主体性を奪う構造について解説しました。
- 第3回では、数字中心の評価が生み出す歪みと、「関係の質→思考・行動の質→結果の質」という三層構造についてお伝えしました。
- 第4回では、受容・共感・合意形成を通じて主体的組織を育む具体的なアプローチをご紹介しました。
最終回となる今回は、このシリーズ全体の結論として、私が考える「主体性」の本質についてお話ししたいと思います。
目次
- 第1章 主体性は「能力」ではない
- 第2章 社員は会社の部品ではない
- 第3章 主体性発揮の重要な要素:「当事者意識」
- 第4章 経営者が最後に向き合うべきもの
第1章 主体性は「能力」ではない
多くの経営者は、主体性を能力の一種として捉えています。
「あの社員は主体性がある」
「あの社員は主体性が足りない」
まるで性格や才能のように語られることがあります。
しかし私は、主体性は特別な能力ではないと考えています。

経済産業省の「社会人基礎力」には、【主体性】も能力要素の一つとして書かれていますが、何度考えてみても、主体性は誰もが持っているとしか考えられないのです。
人は人生のどこかで主体的だった経験を持っています。
「そんな主体的だった経験なんて持っていないです」という方にも、何人も会っていますが、はっきり言います。
「忘れているだけ」です。
趣味に夢中になったとき。
子どもの頃に好きなことへ没頭したとき。
学生時代に仲間と何かを成し遂げようとしたとき。
誰かに頼まれたわけでもないのに、自分から行動した経験は誰の人生にもあります。
つまり人は、本来主体性を持って生きる存在なのです。
「夕飯にカレーを食べたいから、材料を買って帰ろう」
「来週のデートの計画を立てよう」
これらも充分な主体的です。
問題は主体性が無いことではありません。
主体性を発揮できない環境になっていることです。
第2章 社員は会社の部品ではない
経営の世界では、効率化という言葉が頻繁に使われます。
もちろん効率は重要です。
しかし効率だけを追い求めた結果、人を「管理対象」として扱い始める企業があります。
- 管理しやすいようにルールを増やす。
- 失敗しないように権限を減らす。
- 評価しやすいように数字だけを見る。
従業員をまるで部品の様に使い倒す。
いかにも昭和の企業の様ですが、実は今でも結構いらっしゃいます。
すると社員は徐々に考えなくなります。考えなくても済むように会社が設計しているのですから、当然です。
しかし本来、人は部品などではありません。
感情があります。
意思があります。
誇りがあります。
誰かの役に立ちたいという欲求も持っています。
当たり前の話に聞こえるでしょうが、「当たり前」と言いつつ部品の様に従業員を扱う企業もまだまだたくさんあるのです。
そうした人間らしさを無視して数字だけを追い続けた先に待っているのは、高業績組織ではなく、超管理組織です。
そして超管理組織は、経営者が管理をやめた瞬間に、活動そのものが止まります。
第3章 主体性発揮の重要な要素:「当事者意識」
私は研修や講演で主体性についてお話しするとき、よくこう表現します。
主体性とは、
「自分で目的・目標を設定し、何が必要かを考え、行動し、成果を得ること」
と伝えています。
事実これが、「主体性の定義」です。
会社の問題。
顧客の問題。
職場の問題。
同僚の問題。
これらを誰かの課題として眺めるのではなく、自分事として受け止める。
「自分で目的・目標を設定」するということは、先の様々な問題に対して【当事者意識】を持って関わるということです。
主体性とは特別なスキルではありません。
誰もが持っている素質です。「当事者意識の深さ」と言っても差し支えないでしょう。
そして当事者意識は命令では生まれません。
「当事者意識を持て」
と言われて持てるものなら、誰も苦労しません。
「主体性を持て」
と言われて持てるものなら、誰も苦労しません。
その意味では当事者意識も主体性も非常によく似ていますね。
当事者意識は、自分が尊重され、自分の声が届き、自分の存在が認められていると感じたときに初めて芽生えます。
主体性の大切な要素として「当事者意識」があります。
だからこそ主体性の出発点は、「管理ではなく環境」であり、その「環境を作る関係性」なのです。
第4章 経営者が最後に向き合うべきもの
このシリーズを締めくくるにあたり、最後に一つだけお伝えしたいことがあります。
主体性のない社員に悩む経営者は少なくありません。
しかし本当に向き合うべき相手は、社員ではないのかもしれません。
向き合うべきなのは、
「社員を信じ切れているか」
という管理職や経営者自身の問いです。
人を信じることは簡単ではありません。
裏切られることもあります。
期待外れに終わることもあります。
だからこそ管理したくなります。
だからこそ数字で縛りたくなります。
しかし、人は信頼された分だけ成長します。
任された分だけ考えます。
期待された分だけ応えようとします。
もちろん全員ではありません。
それでも、信頼から始めなければ主体性は生まれません。
管理から始まる主体性は存在しないのです。
5.「自走する組織」の本当の姿
自走する組織とは、社員が勝手に働く組織ではありません。
上司が不要になる組織でもありません。
社員一人ひとりが、自分の役割を理解し、自分の意思で考え、仲間と協力しながら目的へ向かう組織です。
言い換えれば、「主体的人材の集合体」です。
エンゲージメントの高い従業員が6%ではなく、パレートの法則で言われる20%を超え、30%、40%といる組織です。
そこでは管理より対話が行われます。
命令より合意形成が行われます。
評価より成長支援が行われます。
そして経営者は、組織を無理やり引っ張る人ではなく、人が力を発揮できる環境を整える人(サーバントリーダーシップ)へと変わります。

エンゲージメントとは、その結果として生まれるものです。
主体性とは、エンゲージメントの先に現れます。
そして組織開発とは、人が本来持っている主体性を発揮できる環境を作る営みなのだと、私は考えています。
日本企業のエンゲージメントが6%と言われる時代だからこそ、人を信じ、人に向き合い、人を活かす経営が求められています。
数字より先に人を見る。
管理の先に信頼を見る。
その一歩が、自走する組織への第一歩になるはずです。


#主体性,
#エンゲージメント,
#組織開発,
#人材育成,
#組織風土,
#企業文化,
#マネジメント,
#リーダーシップ,
#経営者,
#管理職,
#当事者意識,
#自走する組織,
#信頼関係,
#組織づくり,
#人的資本,


