[教育 × 主体性]第3回:組織が歪む理由 —「昇進」という名の落とし穴

私たちは、昇進することを「成功」と呼び、疑うことなくそれを取り合ってきました。
しかし、その階段の先に待っているのが、組織の活性化ではなく「崩壊」だとしたらどうでしょうか。
本シリーズでは、人生のグラデーションに沿った教育の再定義を行っています。
第3回となる今回は、組織の中核を担う「ベテラン・管理職層」が陥る、深刻な構造的欠陥について切り込みます。

第1章 成果を上げるリーダーと、組織を壊すリーダー
現場を歩き、多くの組織と関わっていると、実に対照的な二つのリーダー像に出会います。
一方は、部下から絶大な信頼を寄せられ、その人がいるだけでチームに活気が生まれ、自然と成果がついてくるリーダー。
もう一方は、本人自身の営業成績や実務実績は突出して高かったはずなのに、チームを疲弊させ、離職者を続出させてしまうリーダー。
この対極ともいえる2つのリーダー像です。
なぜ、実績があった、「優秀なはずの人間」が、リーダーになった途端に組織の毒となってしまうのか。
「人は能力の限界まで出世し、やがてその地位で無能化してしまう」と説いた『ピーターの法則』を引用すると、それは階層組織の宿命なのかもしれません。
しかし、私がここで指摘したいのは、個人の能力の限界という話ではありません。
より根深い問題は、組織側が「仕事の結果(過去の会社への貢献実績)」への報酬として、「地位(昇進)」を与えてしまっているという【昇進に関する評価制度】の構造的な欠陥です。
確かに売り上げを上げてくれたわけですから、その方法を踏襲すれば短期的な売り上げにつながる可能性は高いと考えるのは自然です。
しかしその結果、実績という「過去の栄光」と、人を導く「人格」を混同している現状が、組織の至る所に歪みを生んでいます。

第2章 「肩書」という看板と、心の奥にある「人格」
組織を壊すリーダーの多くは、肩書という看板に依存し、内面で輝く人格磨きを疎かにしています。
「私はこの方法で組織に貢献し、認められた。であるならば、この方法をチームに広げるのが私の求められていることだ」
とんでもない勘違いですし、これを『負の成功体験』と言います。
この「負の成功体験」を振りかざす人は、過去の栄光に囚われ、新しい未来を創造できませんし、現在の自分の周りすら客観視できない人が多いものです。
看板の重みに人格という土台が追いついていないため、看板の力(権限)だけで人を動かそうとし、結果として組織の深層部を歪ませてしまうのです。
本来、役職が上がるほど人格の成熟が求められるはずが、皮肉にも看板が大きくなるほど、人は自らの内面を省みる機会を失っていく傾向にあります。
「上司ガチャ」という言葉を聞いたことはありませんか?
これは若い世代が揶揄を込めて言う言葉ですが、カプセルトイ(ガチャガチャ)の景品のように上司にも「当たり」「外れ」があり、それは人事権という「自分ではどうすることもできない状態」を指しています。
この当たり外れこそが、上司の人格が一因だと言えませんか?
今更、人格の話を持ち出されても困る、というのが企業の本音かもしれません。
人格形成こそ学生時代までに終えておいてほしい、というのは至極当たり前に感じる意見だと私も思います。
もちろん、この問題は本人だけの責任というわけではありませんが、それでも組織としては目の前の問題に、そして長期的な改善に、厳格に対応しなければなりません。
主体性を持った人材を「人財」と呼ぶことが多いように、私は人格が伴っておらず周囲に悪影響を及ぼす人材を「人罪」と呼んでいます。
こうした「人罪」となり得る管理者を放置すれば、他の真面目な従業員に悪影響を及ぼし、組織全体の崩壊すら招きかねないからです。

第3章 JAL再建・故 稲盛和夫氏が断行した「意識改革」の根拠
この「看板(地位)と中身(人格)」の不一致に対し、最も峻烈な答えを出したのが故・稲盛和夫氏でした。
氏は倒産したJALを鮮やかに蘇生させ、たったの2年半で再上場を果たしたことでも有名な、日本有数の経営者です。
著書『生き方』の中で、氏は敬愛する西郷隆盛の言葉を借りて、「功績にはお金で報いればいい、人格の高潔な者こそ高い地位に据えよ」とはっきりと説いています。
この哲学は、著書『稲盛和夫の経営問答 従業員をやる気にさせる』の中でも、リーダーが「利他の心」を持つ重要性として一貫して語られています。
JAL再建において稲盛氏が行ったのは、エリート意識という「肩書」に固執していた幹部たちの意識改革でした。
企業に売上的な貢献をしてきたからという理由だけで権限を与えるのではなく、まず「人間として何が正しいか」を基準とする人格の強度を問う。
この「報酬と地位」を厳格に使い分ける哲学こそが、腐敗した組織を蘇生させる唯一の処方箋であった事実は、現代のリーダー教育においても極めて重い意味を持ちます。

第4章 ハラスメント増大の真の正体
近年の深刻なハラスメント問題に関して私見を言います。
管理職の多くが、地位に見合う人格が伴っていないからこそ、権力に伴う責任を放棄し、保身に走る管理者が続出している。
これが、現場で起きている事象なのではないでしょうか。
肩書による「権力」を手にして、「人格」がそれに追いついていない不一致は、部下への接し方において「支配」という形となって現れます。
人格が成熟していないリーダーにとって、部下は「目的を達成するための道具」でしかなく、その一人ひとりの尊厳に思いを至らせることができません。
その結果、無自覚な攻撃性がハラスメントとして表面化し、組織の心理的安全性を根底から破壊していくのです。
残念ながら、これは、企業規模が大きくなるほどに経営者の目が行き届かなくなることで起こりうるものです。
役職という看板を脱ぎ、肩書を剥ぎ取ったとき、一人の人間として何が残るのか。組織が、すなわち「人格の成熟」を重んじる教育へと舵を切らなければ、この負の連鎖は止まりません。

人生のグラデーションは、いよいよ終着点へと向かいます。
最終回は「定年前後・業務継承」のフェーズ。
どれほど優れた知恵を築き上げたとしても、それを次世代へロスなく繋げなければ、組織の資産はそこで途絶えてしまいます。
「教え方を知らない」という無自覚な欠落が、いかに組織に巨額の損失をもたらしているか。
教育の「最後にして最大の投資」について語ります。

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