[自走する組織]第5回:「正しさ」が組織を止める —— なぜ社員は“無難”しか選ばなくなるのか

「それ、前にも言ったよね?」
「普通に考えれば分かるだろう」
「なんで確認しないんだ」

現場で、ついこう口にしてしまうことはありませんか?

言い方は気を付けないといけませんが、経営者からすれば、どれも間違ったことは言っていません。
むしろ、会社を守るためには必要な指摘の様に感じるかもしれません。

しかし、自走できない組織ほど、実はこの「自称・正しさ」が空気のように蔓延しています。

誰かを怒鳴っているわけではない。
理不尽なルールがあるわけでもない。
明確なパワハラでもない。

それでも、社員たちは少しずつ「無難な選択」しかしなくなっていく。

挑戦しない。
余計な提案をしない。
波風を立てない。
社長の正解を探す。

そして組織全体が、“静かに止まっていく”。

今回は、自走する組織を阻む「正しさの罠」について考えてみたいと思います。

第1章 「正論」が増えるほど、人は黙り始める

社長という立場は、常に責任を背負っています。

だからこそ、物事を「正しく」判断しなければならない。
利益。
品質。
納期。
顧客対応。
法令遵守。

間違えば、会社そのものが傾くこともあります。だから社長は、経験を積むほど「正しさ」に敏感になります。

しかし、その“正しさ”が強くなり過ぎた組織では、不思議な現象が起き始めます。

社員が、話さなくなるのです。

なぜ?

簡単です。

怒られたくないからです。
笑われたくないからです。
恥をかきたくないからです。
それはつまり、「正しい人」がいる場所では、人は“間違えられなくなる”からです。

第1回『【「頼れる幹部」が育たない本当の理由:社長、あなたが有能すぎるからです】』でお伝えした通り、社長が常に正解を出し続けると、周囲は自ら考える余白を失います。

すると社員たちは、“自分の考え”ではなく、“社長がどう考えるか”を優先し始めます。
つまり、思考の主体が「自分」から「社長」へ移ってしまうのです。

これは非常に静かに進行します。
だから怖い。

会議では反対意見が減ります。
確認ばかり増えます。
「これで合っていますか?」が口癖になります。

一見すると統率が取れているように見えます。
しかしその実態は、「間違えないこと」が最優先になった、停止寸前の組織です。

第2章 人は「怒られたから」ではなく、「恥を避けて」動けなくなる

ここで、多くの経営者が誤解していることがあります。
それは、人は「怒られたから萎縮する」と思っていることです。

もちろん、過剰な叱責は問題です。しかし本当に組織を萎縮させるのは、「失敗そのもの」ではありません。

“失敗した自分を晒す怖さ”です。
人間は本能的に、「集団の中で否定されること」を恐れます。

会議で意見を言わなくなる。
確認ばかりする。
責任を避ける。

これは怠けではありません。
自己防衛です。

第2回『【「楽しい」と「愉しい」の境界線:受動的な「楽(らく)」が組織を腐らせる】』でお話しした「楽(らく)」とは、単なる快適さだけではありません。

“傷つかなくて済む場所”でもあります。

つまり、「無難にしていれば怒られない」という状態は、人間にとって非常に居心地が良いのです。

しかしその瞬間から、人は挑戦しなくなります。“恥”をかきたくないから。

未完成な提案。
ズレたアイデア。
失敗するかもしれない判断。
これらを安心して出せない組織では、主体性は絶対に育ちません。

主体性とは、「自分の未熟さを晒しながら、それでも前へ出る勇気」という側面を持っているのです。

第3章 「正解を当てる組織」から、「問いを持つ組織」へ

では、自走する組織とは何が違うのでしょうか。
それは、「正解探し」「犯人捜し」をしていない、という点です。

もちろん、経営に正解が不要という話ではありません。
しかし、自走する組織では、「誰が正しいか」よりも、「何が起きているか」を重視します。

つまり、“問い”が存在しているのです。

「なぜこの問題が起きたのか?」
「現場では何が見えているのか?」
「お客様は本当は何を求めているのか?」
「もっと良くできる余地はないか?」

こうした問いが、組織の中を循環しています。

第3回『【「情報の非対称性」が、幹部を臆病者に変える】』でお伝えした通り、人は情報が閉ざされると、自分で考えなくなります。
何の情報もないままでは、誰もが正しい状況判断など、誰にだってできません。

逆に言えば、“問いを持てる環境”とは、情報が開かれ、自分の視点で考えることを許されている状態です。

ここで重要なのは、問いには「ズレ」が含まれるということです。
社長とは違う視点。
現場だから見える違和感。
若手だから感じる息苦しさ。

それらは時に未熟で、荒削りで、非効率です。しかし、その“ノイズ”の中にこそ、組織が進化するヒントが眠っています。

自走する組織とは、「正解を当てる組織」ではありません。
社員一人ひとりが、自分の頭で問いを持ち始める組織なのです。

第4章 社長の「正しさ」を、一度だけ脇に置いてみる

ここまで読んで、
「とはいえ、会社を守るためには厳しさも必要だ」
と思われた社長もいるでしょう。

その通りです。経営とは、責任です。
だからこそ、社長は簡単には妥協できません。

しかし、自走する組織への転換点とは、多くの場合、社長自身が“自らの正しさを少しだけ脇に置いた瞬間”に訪れます。

社長の役割は、いつまでも「唯一の正解者」でいることではありません。
社員たちが、自ら考え、悩み、失敗し、それでも前へ進める土壌を整えることです。
つまり、「間違えても問題にならない」という安心感を組織に生み出すこと。

ここで初めて、人は挑戦を始めます。

会議で意見が出る。
若手が違和感を口にする。
幹部が社長に異論を伝える。

それは一見すると、組織が“乱れた”ように見えるかもしれません。

しかし実際には逆です。
ようやく組織が、“生き始めた”のです。

第5章 「正しい組織」より、「生きている組織」を

社長が正しい。それ自体は、悪いことではありません。
むしろ、ここまで会社を守り抜いてきたからこそ、今の組織があります。

しかし、社長一人の正しさだけで動く組織には、限界があります。
なぜなら、人は「管理」では動き続けられないからです。

人が本当に動き出すのは、
「自分の考えを持てたとき」
「自分の意思で挑めたとき」
「失敗しても、存在を否定されないと感じたとき」
です。

つまり主体性とは、「能力」の問題ではなく、「空気」の問題なのです。

社長の正しさが、社員たちの呼吸を止めていないか。
“正解を出すこと”に集中するあまり、“問いを育てること”を忘れていないか。
もし今、組織が静かに止まり始めている感覚があるなら、一度だけ、社員たちの「未完成な声」に耳を傾けてみてください。

そこには、社長一人では辿り着けなかった、新しい未来への入口が眠っているのかもしれません。

このシリーズでは[自走する組織]をテーマに綴ってきましたが、今ある風土を、主体性が輝く風土に変えるには、時間も、パワーも必要になります。

そしてそれを可能にする要素の一つは、経営者である社長の心の内にあるのです。

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