[自走する組織]第2回 :「楽しい」と「愉しい」の境界線:受動的な「楽(らく)」が組織を腐らせる

今回は、日本語の意味や使い方に関して、考えるところから始めていきます。
これも時代の流れなのでしょうか。
普段から日本語を使っている私たちも気付かない「日本語の違い」が、以外にも多いのです。
古きが消え、新しいものが生まれる中に埋没してしまうには、余りにも勿体ない。
これは私が考え抜いて、「自分が納得」したことで辿り着いた一つの結論です。
1. 「喜怒哀楽」に潜む違和感と、日本語の美意識

「喜怒哀楽」という言葉があります。人間に備わっている「四大感情」と呼ばれるものです。
この言葉。気持ち悪くないですか?
「怒(いかる)」と「哀(かなしむ)」が、全く性質の違う感情であることは直感的にも分かります。
しかし、皆さんは「喜(よろこぶ)」と「楽(たのしむ)」という二つの言葉が、どこか似通ったものに感じたことはありませんか?
「四大感情」なのに、なぜこんなに似ている?
私はこの並びに、かねてより強い違和感を抱いてきました。
なぜ、全く別のはずの四つの感情の中に、これほど似たような言葉が並んでいるのか。
調べを進める中で辿り着いたのは、「楽」とは本来「リラックスや癒やし」の状態を指す言葉である、という結論でした。
もちろん、この「楽(らく)な楽しさ」も、ストレスを緩和し、明日への英気を養うためには必要不可欠なものです。
しかしそれは、私たちが仕事や人生を通じて求めるべき「たのしさ」の、ほんの一部でしかありません。
全てを「楽しい」という常用漢字一文字で済ませてしまうのは、日本語として美しくないどころか、正しくすらないのではないか。
日本語にはもう一つ「たのしい」が存在しています。
ぜひスマホなどで変換をしてみてください。れっきとした日本語なので、必ず出てきます。
つまり私たちは、本来2種類ある「たのしさ」を知らないまま、混同して考えてきたのです。
私はこの考えに至った時、既に50歳を過ぎていましたが、この先の自分の未来が「たのしみ」に感じたことを覚えています。
そして断言します。
この二つの「たのしい」を峻別(しゅんべつ)できるかどうかが、自走する組織を創れるかどうかの大きな分岐点になります。
2. 「怠惰」という引力と、人間の性(さが)

ここで、キリスト教の「七つの大罪」の一つに数えられる「怠惰(たいだ)」について考えてみたいと思います。
キリスト教の七つの大罪とは、「憤怒」「嫉妬」「強欲」「傲慢」「暴食」「色欲」、そして「怠惰」という、人間を罪へと導く根源的な悪徳(欲望・感情)をまとめた概念です。
「鋼の錬金術師(荒川弘)」「七の大罪(鈴木央)」「ナルニア国物語(C・S・ルイス)」など、様々な作品で取り入れられていますので
ご存じの方も多いのではないでしょうか。
正直言って、私は「嫉妬」が強いと自覚していますし、自民党をはじめとする日本の政治家のほとんどは「強欲」が強すぎると考えています。
今回は「楽」という言葉に対し、「怠惰」を紐解いていきます。
「怠惰」とは、単にダラダラと過ごすことだけを指すのではありません。本来やるべきことから目を背け、心の活力を失い、魂が停止した状態を指します。
人間というものは、一度「楽(らく)」を覚えてしまうと、どこまでも際限なく落ちてしまう「性(さが)」を持つ生き物です。
残念ながら、この性から、恥ずかしながら私も含め、完全に逃れられている人はほとんどいません。
- 社長であるあなたが、良かれと思って先回りし、あれもこれも指示をしてしまうこと。
- 毎日のように噴出する現場の問題を、鶴の一声で解決してしまうこと。
- そして現場の摩擦をすべて消し去ってしまうこと。
これらは、実は幹部たちをこの「怠惰」の引力圏へと引きずり込んでいることになりませんか?
幹部たちだけではありません。全従業員を「怠惰」へと堕としてしまっていませんか?
社長が正解を出し、指示を出し、彼らが失敗しないようにと守りすぎる。
その結果として生まれる「刺激のない、受動的でストレスフリーな時間」は、一見すると彼らを大切にしているように見えるかもしれません。
しかし、その「楽な楽しさ」に浸かりきった組織では、人の思考力は徐々に奪われ、社長への依存という名の「怠惰」が静かに加速していくのです。
「楽」と「効率」、「楽」と「たのしい」は、それぞれ似て非なるモノなのです。
3. 「愉しい」を思い出す:真剣さと一生懸命の先にあるもの

この「怠惰」という強力な引力から逃れるための、非常に効果的なアプローチの一つ。
それは、自ら能動的に、一生懸命に、真剣に、本気で動くことで得られる「愉しい(たのしい)」という感覚を思い出すことです。
誰かに与えられた楽しさ(受動的、快楽的)ではなく、自ら問いを立て、悩み抜き、一生懸命に取り組んだ末に、自力で答えを掴み取る愉しさ。
真剣勝負のあとに脳内にドーパミンがどっぱどっぱ溢れ出るような、あのがむしゃらな「愉しさ」――。
これは決して、特別な才能を持つ社長だけの特権ではありません。
全ての人が等しく持つ感覚です。
皆さんも、子供の頃に、
「自分たちでルールを創り出して何かに夢中になった時間」や、
「かつての仕事の現場で限界まで挑んだあの日」
など、この「愉しさ」を一度は体験しているはずです。
それは「能動的」「創造的」「真剣」「一生懸命」「本気」だった時間。
ただ、私たちが「愉しい」という表現を知らないがゆえに、
すべてを「楽しい」と一緒にくたにしてしまっているがゆえに、
日々の忙しさや「楽(らく)」という名の霧に隠れて、その素晴らしい感覚を忘れてしまっているだけなのです。
教えてもらうことなかったために、気付かずに「楽しい」と混同してしまっていたあの感覚。
それが「愉しい」です。
私たちは、スポーツなどを観戦していて、選手たちの「一生懸命に真剣に愉しんでいる姿」を観て、感動し「楽しんでいる」のです。
4. 社長、その「愉しさ」を独り占めにするのはもったいない

ヒリヒリするような重責を伴うけれど、自分の意志で舵を握り、未来を切り拓いているという圧倒的な実感。
この、何物にも代えがたい「愉しさ」を知っている社長だからこそ、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
「その『愉しさ』を自分だけで独占し、社員には『楽(らく)』だけを与え続けるのは、あまりにももったいないと思いませんか?」
社員の一人ひとりにも、「仕事って愉しい」と知って欲しくないですか?
リラックスとしての「楽しさ」で癒やされる時間も、もちろん大切です。しかし、これから皆さんの会社を共に創っていく従業員の方々には、その先の「愉しさ」で人生を彩ってほしいとは思いませんか。
心理学者のウィリアム・ジェームズの言葉とされる有名な格言(出典未確認)があります。
心が変われば、態度が変わる
態度が変われば、行動が変わる
行動が変われば、習慣が変わる
習慣が変われば、環境が変わる
環境が変われば、人格が変わる
人格が変われば、運命が変わる
「たのしさ」の捉え方、つまり心を変えることは、最終的に彼らの人生そのものを変える力を持っています。
彼らが「愉しい」という感覚を思い出し、自走し始めたとき、組織には社長一人では決して生み出せなかった独自の生命力が宿ります。
社長の有能さという影から抜け出し、社員が自らの意志で光を放ち始める。
そのために、社長が今日から手放すべき「楽(らく)をさせる習慣」とは何か。
改めて考えてみるのも良いのではないでしょうか?


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